セルフケアと「男性」性

フェミニズム・男性学周辺に関心。立ち位置は、親でも反でもなく「中立」。

「結婚したくない」積極的な8つの理由。

理由を整理したけど、単に自分が「自由人」なのだ、ということを一つ一つあげつらっただけとも言える。幼稚で「大人になりたくない(なる気がない)」というのが正しいのかな。汗

一方で、「現代社会の男の弱さ」みたいなものも、観察できるかもしれませんが。

1「家族願望」そのものの欠如。「独り・独身」への不安とか懸念そのものがない(極めて薄い)。いわば、リスクヘッジとして「家族」とか「結婚」を考える視点がない(むしろ、「思想的に」反発している?)。(逆に、老後や介護環境を、根拠をもって楽観しているわけでもないが)

2「子ども」願望の薄さ。願望そのものは0ではない。「子ども嫌い」というほどではないが、面倒がりであり、子育てに伴う喜び・幸福感より、「持ってしまった苦しみ」を味わうこと自体を、予め回避したい。また、「赤ちゃんの泣き声」が無理なのは致命的。

3日本社会における子育て環境の薄さと冷たさ。保育園に入れるためにしゃかりきになるのも嫌なら、子供の発熱でお迎えに行かなくてはならないことで職場に気遣いするのも嫌(そもそもそんな職場は選びもしないが)。

弁当作りから進学まで、親同士の「子育てマウンティング」にも参画したくなければ、本来なら付き合う必要のない親同士のコミュニティに、無理くり参加させられるのも嫌。子育てをめぐり、変な情報に踊らされるのも嫌なら、おかしな価値観を誰かしらから押し付けられたりするのも嫌。ベビーシッターや保育園・学校の先生のペドのリスクなど考慮したくもない。

また、子どもを大学まで行かせるコストのために、生活や人生を犠牲にするという発想も馬鹿げている。とどのつまり、「子育てをめぐるコストやリスクが大き過ぎる」と考えているわけである。

4逆の立場として、「独身者」の立場が、一方的に考慮されない社会の在り方も疑問。「独身者は独身税をとるべき」というオランダのような社会設計はそれで有り(ただし、それならそのような社会設計と、政治的なメッセージを明確に打ち出さねばならない)。家族を持つものが、福利厚生を与えられるまではいいとして、その代償に、何らかのしわ寄せが、独身者に一方的に行くことが無条件に是認される社会も、欠陥がある。

5「家事分担」をめぐる軋轢やそのストレスへの恐れ。家事そのものは一通りできるし、さほど苦になるわけではない。ただ、それをめぐって、夫婦間で軋轢が起きはしないか、ということを想像すること自体がダルイ。

むしろ、家事自体は(未経験の子育て以外は)「自分でできる以上、独りで生きても平気」という感覚がある。

6「(経済的に)仕事し続ける必要」を、いわば生涯にわたって義務付けられてしまうこと。住宅ローンや学費やら各種保険料やらで、「ずっと働き続けること」を強いられること自体嫌。

仕事は嫌いなわけではないが、会社とか組織というものに、ずっと人生ごと縛り付けられたくない(そもそも、そうした<サラリーマン根性>とは無縁である)。「妻ブロック・ママブロック」という概念があるが、「家庭」という存在そのものが、そうした縛りと共犯的であるため、そうした縛りは予め回避しておきたい。

早い話が、自分個人のやりたいことを優先したいし、その妨げはつくりたくない、というシンプルな志向である。

貞操そのものへの興味の無さ。「不倫」そのものが、日本社会では馬鹿げた結果にしかならない以上、わざわざ「結婚して相互を束縛する」という選択肢自体があり得ない。(ポリアモリーに対して、「思想的に」あるいは実生活面で堅固に考え抜いているわけではない。知見のある方は示唆をいただければ幸いです)

8「男が社会を変えろ」というフェミのメッセージ。正論だし、反対する気は特にない。但、上記の自身の幸福像を考えても、わざわざ自ら結婚して家族をもって、そこ(真っ当な社会づくり)に積極的に参加するだけの気力や意志はないだけ。

それなら、自分個人の人生を充実させることが遥かに重要。むしろ、「独りで生きる」範囲で、「男が社会を変える」側のことなら進んで行ってよい・行いたいとは思うが。

一つフェミニズムの知見に詳しい方に問いたいのは、上記の議論も「ミソジニー(女嫌い)」に分類されてしまうのか、ということだ。詳しい方がいたら、教えていただけたら幸いです。